2010年4月アーカイブ

アポロ11号の月面着陸

| コメント(0)

いよいよ月へ着陸するためのアポロ11号の打ち上げが、その年の七月に行なわれることになった。

アポロ11号の月面着陸まずその打ち上げの生中継があった。

ロケットは地球を回る軌道に乗り、司令船と機械船がつながったままでロケット本体から切り離されて一八〇度回転する。

すると司令船の先端が第三段ロケットの先端に収納されている月着陸船とドッキングして月着陸船を引き出し、ロケット本体から離れて月に向かって発射された。

月へ行く途中、何回か生中継放送を行なった。

月の近くまでくると、月の軌道に乗り、ストロング船長とオルドリン飛行士が月着陸船に移った。

コリンズ飛行士は司令船に残り、月着陸船が司令船から切り離されたのである。

月着陸船は月面へ降下しはじめた。

この飛行作業は日本時間の日曜日の夜であった。

月面への降下の様子は、テレビでなくラジオの交信で放送された。

それは降下が月の裏で始まり、テレビカメラは月着陸船の外側に収納されたままで、まだ作動できる状態でなかったためである。

NHKのスタジオでは、コンピュータと連動するブラウン管に月着陸船の線画が現われるようになっていて、実際の着陸状況に合わせて線画が動くようになっていた。

アポロ11号の月着陸船は「イーグル」と名づけてあった。

イーグルが降下しながら、刻一刻、月面からの高度、姿勢、降下速度などを地球のヒューストン管制センターへ報告してくる交信を知人の通訳・翻訳者は通訳した。

月面がしだいに間近にせまってくる状況の報告を聞きながら通訳していたら、突然「プログラム警報一二〇二」ということばが聞こえた。

その意味がわからず、単に「警報!」と通訳したように思う。

それからさらに「プログラム警報一二〇二」とイーグルからいってきた。

ちょっと間をおいて、ヒューストンから「降下を継続してよろしい」と繰り返し指令の声が飛んだ。

「降下を続けろ」と通訳したと思うが、記憶ははっきりしていない。

アームストロングの落ちついた声が、「三百フィートで降下中」「二百フィートで降下中」などと伝えてきた。

やがて月面から十数メートルまで降りた時、「ほこりを飛ぽしている」と報告がきた。

それから「接地灯!エンジン停止」という声が聞こえた。

次に「ヒューストン、こちらは"静かの海"の基地。イーグルは着陸した」との報告が入ってきた。

この降下飛行はほぼ事前の計算どおりであったが、「プログラム警報」といってきたのはこういうわけである。

月着陸船が司令船へ帰還するレーダー用のコンピュータが動かなくなると警報ランプがつくことになっていた。

そのランプがついたために「プログラム警報」と報告してきたのである。

実際にこのコンピュータが動かなかったら、月から離陸して司令船へ帰還できなくなる危険性がある。

そのためにすぐに降下飛行を中止し、上昇して帰還の作業に移らなけれぽならなかった。

ところがヒューストンでは、この警報の意味をいち早く分析した。

イーグルの降下用レーダーの測定値と、司令船に対する帰還用レーダーの測定値が、急速に変わりながら、その測定値がつぎつぎにあまり早くイーグルのコンピュータに送りこまれ、コンピュータのプログラムがそれに応じ切れなかったため、警報ランプがついたと判断したのである。

そのことは、イーグルが降下を続けて着陸に入ることは差し支えないということで、イーグルに降下続行を指令したのであった。

このような判断を急速に下さなかったら、アポロ11号は月に着陸しなかったかもしれない。

しかも、NASAではこうした事態は事前に予測していなかったそうである。

通訳している知人の通訳・翻訳者のような宇宙飛行科学に対する素人には、まったく不明の事態であった。

この小さな事件に関する一連の特殊用語はまったくわからなかったから、ごくわずかに判明した英語しか通訳できなかった。

視聴者のなかには不満を感じた方も多数いたと思う。

中継番組

| コメント(0)

知人の通訳・翻訳者が以前の番組でカメラに映った場合は、ヘッドホンなどをつけないで、出演者の横にいて通訳した場合が多かったから、それほど問題にはしなかったが、ブースの中でヘッドホンをつけて、まゆをひそめ、目をぎょろぎょろさせながら通訳する顔を映されるのは恥さらしのような気がして、心底いやだった。

中継番組が続いているうちにNHKも知人の通訳・翻訳者も気がついたことは、この臨設の通訳用ブースは不必要ではないかということであった。

つまり、ブースを用いる理由は、出演者が話している間にもし同時通訳が行なわれて、通訳・翻訳者の声が出演者のマイクに入ると出演者の声と混同する。

それを防ぐためのブースである。

ところがアポロの放送の場合は、宇宙飛行士や管制センターの声を同時通訳する時、原語の声の上に通訳・翻訳者の声を大きく乗せて放送し、その時だけはスタジオの出演者は皆声を出さずにだまっていた。

だから通訳・翻訳者の声と出演者の声とが混同するようなことは、起こらないのだ。

それに気がついてからは、臨設のブースを撤去して、知人の通訳・翻訳者は出演者の端の通訳席につくことになった。

アポロ八号の途中からスタジオ内はこのような配置となった。

それから後のアポロ中継番組はすべてこうした位置で通訳することになった。

アポロ八号の中継番組はかなり多かった。

最終回の生中継は、八号の司令船が地球に帰って海に無事着水した情景の放送であった。

人間を月にまで送って月面に着陸させ、それから月面から離陸して無事に地球へ帰ってこさせるためには、飛行計画の各段階ごとに綿密な実験飛行を行なって、計画の実効性と安全性を確かめなければならない。

アポロ七号と八号で地球から月まで行けることが実証された。

それから九号では、地球を旋回しながら月着陸船と司令船との切り離しとドッキング(接合)がうまく行なわれることが実証された。

次に一〇号は、八号のように月まで行って月を旋回しながら、月着陸船を切り離して月面の近くまで降下し、着陸せずに司令船にまで上昇してドッキングすることに成功した。

この九号と一〇号は、一九六九年の春の試験飛行であった。

知人の通訳・翻訳者

| コメント(0)

当時知人の通訳・翻訳者はアメリカ大使館に勤めていた。

ある日、この知人に問い合わせがあった。「今度、アポロ計画で宇宙船から史上初めてテレビ中継することになりました。NHKはその生放送をやるのですが、その際、地上の飛行管制センターと宇宙船との間の交信を同時通訳してほしいといってきました。技術的な内容の交信なので、あなたの知識ならと思ったのですが、通訳される気持ちがおありですか」という問い合わせであった。

知人の通訳・翻訳者は大学で電気工学と物理を勉強していたので、アポロ計画に興味をもっていたから、してみてもいいと返事した。

そのような経緯で、知人の通訳・翻訳者はアポロ七号から一七号まで約三年半、アポロ計画の生中継の放送を同時通訳することになった。

その最初のアポロ七号は、地球を回りながら史上初めて宇宙からの情景をテレビ中継してきた。

番組では、知人の通訳・翻訳者がスタジオを見下ろす小さなブースに入り、宇宙飛行管制センターと宇宙飛行士との間の交信を、番組に出演している村野賢哉NHK科学解説委員(現在ケン・リサーチ社長)やその他の出演者の耳に、小さなイヤホンを通して同時通訳した。

それをもとに出演者が交信の内容を説明した。

七号の交信はわずかで、生中継の時間も短かった。その年の一月下旬にアポロ八号が月まで行って、月面には着陸せずに月の周りを何度か飛行して地球に帰ってきた。

飛行全期間は約一週間ぐらいであったが、月から百キロ程度の近いところから月面を見るテレビの生中継に一般の関心が高まってきた。

NHKのスタジオでこの中継放送が始まった最初の番組では、七号の場合と同じように、知人の通訳・翻訳者は番組出演者たちの耳にイヤホンを通じて同時通訳した。

出演者たちはその情報にもとついて解説した。

ところが、次の中継番組のためにNHKへ行ったら、「今度はあなたの声を電波に乗せて放送しますよ」といわれた。

知人の通訳・翻訳者はそのつもりでなかったので、「いままでは出演者の耳にだけ通訳していたから安心していたが、声を電波で出すとしたら不安です」と訴えた。

すると、「じつは多くの視聴者から、解説はともかく、実際宇宙飛行士が何をいっているのか、直接知りたいという注文がありましたので」との説明であった。

しかたがないから、「それなら」と承知したが、やはり不安であった。

幸いにその番組は無事にすんだので、少しは自信がついた。

そのあとまた生中継の番組のためにNHKへ行くと、「今度はあなたの顔を出しますよ」というのである。

スタジオを見まわすと、すみに透明なプラスチックの大きな窓のついた臨時の通訳用ブースが設けられていて、その前のテレビカメラがブースをにらんでいるではないか。

大きなヘッドホンを両耳にこぶのようにつけた奇妙なかっこうをして、異常に集中しているために大変なしかめっつらをする知人の通訳・翻訳者の顔を、テレビカメラで映してもらいたくはなかったので、知人の通訳・翻訳者は「とんでもない!」と反対した。

「いや、じつはまた視聴者から問い合わせがありまして、『あの通訳する機械はどんな装置か』とたずねられました。それだから機械ではなく人間だということを見せたいのです」という答えであった。

これもまた結局は、不承ぶしょうながらも承諾しなけれぽならなかった。

アポロ計画

| コメント(0)

一九六九年の七月二〇日(日本時間)に、人類史上初めて人間が月の上に立った。

世界の耳目は、アメリカのアポロ計画の壮挙に集中していた。

日本ではそれが月曜日の昼ごろで、全国の視聴者の六〇パーセント以上がそのテレビの生中継を見ていた。

その晩のニュースまでを含めると、ほぼ視聴者の百パーセントが見ていた、という驚異的な数字であった。

日本のテレビ放送開始以来、これだけ大多数の国民が一つのテレビ番組を視聴した例はなかった。

その瞬間とそれに前後した生中継の番組で、ヒューストンの宇宙飛行管制センターと宇宙飛行士たちとの間の交信が日本語に同時通訳された。

このことが、日本人たちに「同時通訳」という仕事を知ってもらう絶好の機会となり、事実、結果としてそうなった。

この時期を境に急速に通訳術に対する関心が、とくに若い人たちの間に高まり、一時は、ある銀行のアンケート調査で若い人たちの望む職業として、「同時通訳」が上位を占めるほどの過熱ぶりであった。

アポロ飛行計画の始まる前から、テレビ番組では時どき同時通訳は行なわれてはいた。

知人の通訳・翻訳者も何度かそういう番組で同時通訳をしていた。

たとえば一九六二年、当時アメリカの司法長官であったロバート・ケネディ氏夫妻が来日した時、京都と東京でテレビ番組に出演した。

こうした番組では、知人の通訳・翻訳者が対談を同時通訳した。

しかし、番組の視聴率そのものがあまり高くなかったし、興味の程度もアポロ計画の比ではなかったので、同時通訳そのものに対する関心をまだ呼び起こしてはいなかった。

ところがアポロ計画の放送による影響は、これよりはるかに大きいものだった。

NHKが最初にアポロ計画の生放送をしたのは、一九六八年の一〇月であった。

ことばを使い、また他国人とコミュニケーションを行なおうとする方は、いつかは通訳・翻訳者の助力に頼るか、自ら外国語を話すことになる。

その場合、通訳・翻訳術の諸問題や通訳・翻訳方法について知識を備えていると、他国人とのコミュニケーションはもちろん、自分の母国語で人と話し合うときにも、参考になるのではないかと思う。

近年、日本の国際的な重要性が急速に増大している情勢にあって、日本人と他国人との間のコミュニケーショソが、当然ながら質量ともにいっそう重要になっている。

そのコミュニケーショソを手伝う通訳・翻訳者の役割もますます重要になっている。

しかし、通訳・翻訳術と通訳・翻訳者の重要性をある程度認識していても、通訳・翻訳術のどういう内容が重要であるか、また何がとくに問題であるかなどについては、多くの場合は認識されていない。

通訳・翻訳は、単に一国のことぽを他国のことぽに転換することだけではない。

ことばはその基盤になっている文化、社会概念、価値観、歴史など、人間社会のあらゆる面が含まれる意思表現の方法であるから、通訳・翻訳者はそのことぽによって表現された情報をこれらの基盤の認識によって正しく把握し、それを他国のことぽに正確に表現しなければならない。

それを実行するためには、母国語と外国語を流暢に話せるだけでなく、ことぽというものに対する人間社会の見地からの認識も必要である。

それに加えて、通訳・翻訳の技術的能力を備えなければならない。

このアーカイブについて

このページには、2010年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

次のアーカイブは2010年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。